あれは確か昨年の末辺り。
そうなるんじゃないかと予測していたその通り、
やはり双方ともに忙しくって。
微妙に半端な頃合い、聖夜と年越しの狭間辺りで
偶然にも街中でばったり逢ってしまい。
恋仲だというに、こんな判りやすい祭事でさえ共に居られぬ身を
しょうがないなぁと苦笑し合った折だったと思う。
『来年の話をすると鬼が笑うと言うそうですけど。』
丁度昼時で、せめてこのくらいは構わぬだろと、
一緒に飯でもと手頃なカフェまで付き合わせ。
ランチメニューを堪能しつつ、ふと
よくあるそんな言い回しを口にして、
どういう意味なんですか?と、
もっと幼い子供みたいにワクワクと、
琥珀と紫が同居する、夢色の瞳をきらっきらに輝かせて
それは素直に訊いて来た敦だったのを思い出す。
ああそれはな、鬼ってのは病や災難ってのをつかさどるおっかない象徴だから、
笑うはずがないそんな奴が噴き出しちまうほど滑稽な話題だって説と、
神でも魔物でもない、先のことなど見通せない人間の分際でと
そんな頃まで無事に生きてられると思っているのかい?って嘲笑うって説とがあって。
どっちにしても、気が早いよと窘めるときの言い回しだよ、と。
一応 知ってた範囲で答えてやったら、
呆気にとられたってのは このことかという感じで一旦 停まった表情が、
自然解凍されるよに じわじわ〜っと頬や口許からほころんでゆき。
そこからテンションまでも上がってゆき、
もっと瞳がキラキラしてしまったので。
その目映さが面映ゆく、
何でだかこっちまで意味なく焦ってしまったのを覚えてる。
とはいえ、
「二月といや “節分”ですね♪」
そうと言い出し、またぞろワクワクとまだまだ幼い顔をほころばせるのへは、
「……あ?」
一瞬キョトンとしてしまった中也だったのは。
十代後半、思春期真っ只中、
しかもしかも…曲がりなりにも自分と 恋仲なはずの少年が、
そっちを まずはと口にしたのがちょっと意外だったから。
だがまあ、冷静に考えれば、
孤児院から追い出されるまでは限られた狭い世界しか知らなかった敦であり、
且つ、世間様がほんわかと湧いている
チョコレート戦争、基、聖バレンタインデーは、
主役が女性な催事だというのがオーソドックスな一般常識であろうから。
男の子である彼が、
自分自身へとつなげて想起するのはなかなか難しいことなのかもしれぬ。
それを裏付けるよに、
「ボク、去年初めて豆まきしたんですvv」
ああ成程と色々察しがつくような言が続いた。
世間並みのあれこれを、昨年の一年間かけてやっと一通り体験したこの少年。
物の例えである“鬼”を目がけ、
実際に炒り豆をぶつけて追い払うなんてユニークなしきたりは、
絵本か何かで見ただけだったのだろうから。
実際にやってみた体験はなかなかワクワクしたのだろう。
丁度当日が暇だった探偵社で良かったなと、そこまで穿ったことを推量した中也は、
寒風吹きすさぶ宵の外から帰宅した いとけない恋人くんへ、
ホッカホカに温めたラム酒入りのミルクを差し出す。
この冬から少年が使っているマグカップは、
淡いグレーに虎の模様がさりげなく入っているなかなかに愛らしいそれで、
とはいえ、これでも 余り甘いティストじゃあないものをと輸入雑貨の店で探し当てた逸品だ。
大切な宝物でも授かったかのように、嬉しそうに両手で受け取った敦は、
何度も何度もふうふうと息を吹きかけて冷ますと、
おっかなびっくり、そろそろと口をつけては少しずつ飲みながら、
寒風に苛まれていた頬に柔らかな安堵の笑みを滲ませる。
幼子の幸せそうなお顔は観ている者までも幸せにするもので、
“……おおお。////////”
こちらはスパイス入りのホットワイン “グリューワイン”を手際よく作って手にしていたが、
口をつける前だというに、早くも胸や腹がじんわりと温かくなった重力使いさんであり。
ポートマフィアが誇る “箱入り幹部”殿でさえイチコロの、
困ったヒーリング効果を所構わず振りまく虎くん、
“…だ・れ・が、“箱入り”だと?”
話の流れが途切れるから いちいち反応しない。(おい#)
年明けからこっちも互いに忙しく、
なかなかゆっくりとは逢うこと叶わずの二人だったが、
敦が明日は非番だというので、
其れじゃあと自分の仕事をパパパッと頭の中で整理して、
書類整理と対外交渉の取っ掛かり程度だったなと手早く難易度を割り出すと、
融通が利く管理職なの発揮して、
翌々日へとずらして凝縮し、何とか1日空けてしまった現金なお人だったくせに♪
“…う"。”
それはともかく。
まずはと 仕事上がりのところからせっかちにも迎えに行き、
そりゃあ美味いビーフシチューと
ホクホクジャーマン風フライドポテトを供すレストランまで誘なって晩餐とし、
明日はどこへ出かけよかなどなどと 甘いプランを相談しつつ、
手前ちょっと前髪伸びたな、え〜そうですか?なんて、
少年のさらさらした髪など撫でて愛でたりなんかしてという
楽しくも甘くて暖かなひと時を堪能し、中也宅へ帰宅した二人であり。
「その時に社長が色々とお話してくれたんですが、」
いつもいつも“判らないことがあれば中也さんに訊け”では成長がないと思ったか、
自分も勉強したんですと言わんばかり、
節分といえばの鬼の話を持ち出して、
日本特有の魔物であり、
いつぞや中也も言ったよに、病気や災厄の象徴で。
そんななものだからおっかないものの例えでもあって、
昔の方位学で言う“丑寅”の方向を“鬼門”と言ったことから、
魔物の意味のあるその漢字を当てたのだそうで。
「なので、牛の角が頭には生えていて、
そりゃあおっかない獣の虎さえ捕まえるほどという意味から、
虎皮のパンツを穿いてるんだそうだよと、」
それは乱歩さんが教えてくれたんですが。
そうと言って ちょっとばかり眉を下げ、たははと笑った敦は、
「それは…。」
「ええ、はい。」
何か言いかかった中也を制し、
「鬼の強さ怖さのダシにされてるけど、それほど強い百獣の王だってことだよと、
何だか妙な慰め方されちゃいました。」
なんて、ちゃんと付け足した処から察するに、
自分の異能のことでもあるのだと
忌むべき扱いなところをしょげないように
鬼といやぁって ついでに出てこよう虎の話も、そういう引き合いだから気にするなと。
その鬼のような推理を的確に精査させる能力と引き換えのよに、
他人へ気を遣うなんて滅多にしたことがなかろう、あの我儘で傲慢そうな名探偵にさえ、
彼なりの気遣いから可愛がられているらしく。
“おさすがだねぇ。”
虎なのに猫っ可愛がりされているのへ ホッとするやら、
此処までの至れり尽くせりは却ってちょっぴり悔しいやら。
そう、ここまでくれば病膏肓とは判っちゃいるが、
この場に居なくとも敗北感を与えた名探偵さんだったのが
この子を愛しんでいる立場としちゃあ、ほのかに口惜しくもあって。
ちなみについでに、今でこそ百獣の王というとライオンだが、
昔の中国では虎だったそうな。
日本には当然居なかった生き物だが、
唐渡りのあれこれと共に絵画や毛皮も輸入され、
逸話も多数入ってきたため、
室町時代の一休禅師が屏風の虎退治をした話があるよに、
ずんと昔から日本でもお馴染みの生き物だったようで。
も一つちなみに 酒飲みで酔うと暴れる人のことを大虎なんて呼ぶのは、
手が付けられないという意味からだそうだが、
あと、ちょっとこじゃれた云い方で酒をささと呼ぶところから、
虎には笹が付きもので、はい お後がよろしいようで…なんていう、
酒席での駄洒落からだという説もある。
「今年はどうなんだ?」
「どうですかね。忙しくなるかどうか当日にならないと。」
厄落としという縁起ものなので、
他の社員が居なくとも、事務の方々でやるというお話ですがと、
今や荒事方面での立て看板、もとえ看板役者でもあろう、
探偵社の頼もしき“顔”となりつつある虎の少年、
数日後のことながらも先のことは判らないと小首を傾げる。
ああ、このまだまだ節も立たぬ細い指や手で、
何となったらコンクリでも臓腑でもひと掻きで抉るよな異能を発揮するとは思えないなぁなんて、
ちょっと猟奇なことを、なのに甘いことのよにうっとり想起する、
想いの中で字面とビジュアルを切り離せる
卓越した異能力をお持ちのマフィアの幹部殿だったが、(おいおい)
「そうだ。もしもその日のうちに身が空くならウチへ来い。」
今年は土曜が節分で、それでなくとも世間様もにぎわうだろう週末だけに、
恐らくは何かしら、物騒な騒ぎが起きるよな嫌な予感もひたひたとする敦らしかったが、
「夜中でもいいぞ。恵方巻き食わせてやる。」
何でだか、ポートマフィアの幹部様は夜更けまで此処に居ると言いたげで。
実は実は、全員は無理だが、それでも気の置けぬ間柄の顔ぶれから
“貴方の作る恵方巻じゃないと験が悪い”なんて言われているためらしく。
例年だと、
ああこんなことよりどっかの組織の一発殲滅なんぞの方があっさり片付くのになんて、
照れ隠しか本音か曖昧な言いようをぶつくさと呟きつつ、
それでも丹精込めたものを手間暇惜しみなく注いで、
卒業証書の筒の量産現場もかくやと(…おい#) 山のように作り上げる幹部様。
今年は特別枠として、この愛し子にも作る予定でいるらしく。
「恵方巻き? あ、そうそう海苔巻きも食べました、確かvv」
「そうか、あれは最近の風習なんだぜ?」
「え?そうなんですか?」
ああ。海苔の問屋が広めたものにコンビニが乗っかったイベントで、
七つの福を海苔で巻いて鬼の金棒に見立てて、
切らないままの一本食い、
その年の神様のいる“恵方”を向いて黙って食い切れば、
「…何だっけな? 願いが叶うんだったか、健康で過ごせるんだったか…」
物知りなお兄さん、そこでちょっとばかりブレーキがかかったものの、
「……。/////////」
「? どした?」
ちょっともじもじ、視線をあちこちへ泳がせ、
何へだか妙に照れている敦だと気が付いて。
恥ずかしいと思うよな要素があったか?と訊いてみれば、
「いえ、あの…ボク、
寝る前にいつも中也さんチの方へお休みなさいって言ってから寝ているので…。」
それになんか似てるなぁって思って、と。
言いつつも白い頬を真っ赤にし、言い終えると同時に
わあ恥ずかしいっと両手でその頬を押さえてしまったので。
「〜〜〜〜〜。//////////」
ああどうしよう、青鯖に自慢したいぞ、
何て可愛いんだ、オレの敦と。
五大幹部の思慮深い胸中で、
季節外れの台風が吹き荒れたのは言うまでもなかったのでありました。
*ちなみに、今年の恵方は 南南東です。
恵方巻きの食べ方にも諸説あって、途中で喋ると運が逃げるというのが一般的。
〜 Fine 〜 18.01.31.
*何だか蘊蓄三昧な話になりましたが、
時期を逃せないのでとちょっと急いで書きました。
このところ中也さんの影が薄かったような気がしたので…。
というか、ウチでは“中敦”はもはや世の常識ポジですvv(胸張りっ)

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